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中田英寿選手ファンサイト


第183回 ワールドカップ2002韓国/日本大会を振り返って   7.4.THU
      過剰警備の大会を救ったのは、ボランティアの『志』だった


■1本の記事から考えてみる

 大会の終盤、朝日新聞に「韓国6−0日本」という内容の記事が出ました。共同通信社配信の記事で、フランスの新聞『リベラシオン』による日韓両国の雰囲気、滞在満足度などの比較で、「6−0で韓国が圧勝」と評されたというのです。

 ヒディンク監督率いるチームの快進撃で韓国国内は空前の盛り上がりとなり、国中が真っ赤に染まりました。スタジアムには6万人しかはいることができません。しかし韓国の人びとはそんなことなどお構いなし。町のあちこちにつくられた「街頭スタジアム」に続々と集まりました。準決勝のときには、その数は600万人にも700万人にも達したといいます。

 その盛り上がりは、98年大会で地元フランスが優勝したときをしのぐものがありました。思い起こしたのは、78年アルゼンチン大会でした。当時は街頭での大型映像装置こそありませんでしたが、試合が終わるや、国民の多くが街路に飛び出し、国中が水色と白で埋め尽くされたような印象を受けました。「ワールドカップ2002」のひとつのイメージは、韓国国民のあのすばらしい熱狂ぶりだったと思います。

 そして、韓国国民の親切さ、愛想の良さ、あふれんばかりの笑顔は、驚くほどでした。警備員や警官までにこやかに対応していて、好印象を与えました。それに対して日本では、警備員は威圧的で、警官はまるで人格などないようでした。


■このような無責任な記事を流す見識のなさ

『リベラシオン』紙の記者は、おそらく、韓国で2週間の楽しい時間を過ごし、その揚げ句にフランスが1得点も挙げることができずに帰国した後、自分自身も早くパリに帰りたいのに、社命で日本にきたのではないでしょうか。そうでなければ、ソウル・ワールドカップ・スタジアムと埼玉スタジアムを比べて、あれほど一方的で無責任な記述はできなかったでしょう。

  「ソウルW杯競技場が電車で30分なのに、埼玉スタジアムは『ぞっとする輸送機関
  に揺られて1時間半』で『大会後の利用価値がどちらが高いかは明白』」(6月29日
  付け『朝日新聞(夕刊)』より)

 このような記事を無批判にたれ流す共同通信と、それを無批判に掲載する朝日新聞の見識のなさにもあきれますが…。


■ばかげた過剰警備

 それはおいても、韓国で試合を見た人びとが口をそろえて「韓国のほうが感じが良かった」と言っているのはたしかです。

 日本会場は、明らかに過剰警備でした。「フーリガン」の脅威に対する宣伝があまりに効果的に働き、ワールドカップ観戦者や取材者の大半が潜在的な犯罪者のように扱われたのは、本当に不愉快でした。暴力事件や破壊行為などが何もなかったため手持ち無沙汰になった警察官たちは、新横浜の駅前でただ肩を組んで歩きながら歌っているドイツのサポーターに静かにするように注意していました。ばかげたことです。

 新横浜駅から横浜国際総合競技場に向かう報道関係者用のバスでは、競技場に到着するまでに3回もIDカードのチェックがありました。バスに乗車するときは、もちろんカードを見せなければなりません。しかし競技場周辺の交通規制エリアにバスがはいるとき、そして競技場の敷地にバスがはいるときもチェックされるのです。警備員がバスに乗り込み、一人ひとりのカードをチェックするのです。しかも、交通規制エリアと敷地入口は、100メートルも離れていないのです。悲しくなるくらいばかげたことでした。


■責任は、明らかにJAWOCにある

 スタジアムにはいっても、警備員の姿ばかりが目につきます。そして、彼らは、私たちが何か悪いことをするのを待っているように思えてなりませんでした。記者席のあるスタンドにはいる前にチケットのチェックがあります。最後のゲートのところにたくさんの役員がいます。しかし彼らは、そのチケットの席がどこにあるのか、教えてくれるわけではありません。もういちど、その試合のチケットをもっているかをチェックするのです。(記者席からチケットをもたずにトイレに行ってしまったために、席に戻らせてもらえなかった記者がたくさんいました)。

 競技場の敷地のなかで私が動くことができたのは、メディアのエリアだけでした。しかし一般の観客ゾーンでも、同じようなことが起きていたのではないでしょうか。私たちは常に見張られているような感じから逃れることができませんでした。明らかに過剰警備であり、それが日本のワールドカップ会場の雰囲気を大きく損ねていました。

 責任は、明らかにJAWOCにあります。ワールドカップを見にくるのがどういう人びとかなど理解しようとせず、すべてを潜在的なフーリガンや違法観戦者として扱ったのです。その空気に乗った警察がさらに過剰な警備を行い、場所によっては息が詰まりそうな雰囲気でした。JAWOCと警察が実施した大会警備は「ホスピタリティー(もてなしの心)」とは正反対のものでした。

 この過剰警備がなかったら、もっともっと楽しい大会になったと思うと、悔やまれてなりません。


■ワールドカップの役に立ちたい、という「志」

 そんな雰囲気を救ったのが、ボランティアたちでした。スタジアムばかりでなく、駅や空港で、彼らは元気に、明るく働いていました。外国人観戦客も日本人の観戦客も、いろいろな場所で彼らの親切に助けられたと思います。彼らが見せたのは、本物の「ホスピタリティー」でした。

 老若男女、いろいろな人がボランティアとしてこの大会に参加していました。JAWOCのボランティアだけでなく、いろいろな会場都市やキャンプ地などで、無数といっていい人びとがボランティアとして働いていました。

 こうした人びとの働きぶりを見ていて、私はひとつのことに気がつきました。それは、JAWOCや自治体から受けた研修のおかげではないということです。JAWOCには、「ホスピタリティー」など教えられるはずがないからです。そうではなく、ボランティアとして申し込む時点で、彼らにはひとつの「志」があったに違いありません。

 それは、「ワールドカップの役に立ちたい、見にくる人びとの助けになりたい」という強い「志」だったと思います。その「志」が、日本のワールドカップの救いになりました。彼らの明るい応対、笑顔、そして親切な心は、多くの人に伝わりました。


■世界の人びとが喜んでくれた功績はボランティアにある

 昨年の春から、ことしの大会中まで、数度にわたった入場券販売において、JAWOCは、ついにファンの立場に立ってはくれませんでした。「安全に、公平に」と言いながら、優先されたのは自分たちの安全でした。JAWOCという組織が、ワールドカップに対するサッカーファンの思いを理解しないものであることは、こうした入場券販売のたびに示される態度で明白でした。

 そのJAWOCに導かれて冷え冷えとした雰囲気になって当然だった日本のワールドカップがそうならなかったのは、世界中からきたサッカーファン、さらに日本中から現れて大会を追ったサッカーファンの情熱と、自ら楽しさをつくりだそうという熱意と、そして何よりも、ボランティアたちの「ホスピタリティー」あふれる仕事ぶりでした。

 世界の人びとがこの大会を喜んでくれたとしたら、その功績は彼らボランティアにあります。そしてその「ホスピタリティー」が彼ら自身の「志」から生まれ、それが見事に実を結んだことを思うとき、私は、日本のサッカー、スポーツ、さらに社会全体が、より良い方向に進んでいくのではないかという期待を抱くことができたのです。

 2002年ワールドカップは過去のものとなりました。そして未来へ目を向けるとき、私は、このワールドカップの救いになったものを忘れてはならないと思います。日本のサッカー、スポーツ、そしてもっと広く社会全体をより良いものとするために、今回のボランティアたちが示した「志」を、私たちみんながもたなければならないと思うのです。


大住良之(おおすみ よしゆき)
1951年神奈川県横須賀市生まれ。中学生のとき66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見てサッカーにのめり込む。74年一橋大学卒業後、ベースボール・マガジン社入社、「サッカー・マガジン」編集部勤務。78年より編集長。82年同社退職後、潟Aンサー所属。88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。
74年西ドイツ大会以降6回のワールドカップ取材をはじめ、多くの国際大会、世界各国のサッカー事情を取材。新聞・雑誌を中心に、サッカー自体の魅力とその背後にある文化・社会について執筆活動を続けている。
アジアサッカー連盟「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。
「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。
女子サッカーのクラブチーム「FC PAF」監督。

主な著書
「Jリーグ群像 夢の礎」(あすとろ出版 1995)
「新・サッカーへの招待」(岩波書店 1998)
「浦和レッズの幸福」(アスペクト 1998)
「サッカーの話をしよう1〜6」(NECメディアプロダクツ 1996〜2001)
「ようこそ、サッカーの惑星へ」(NECメディアプロダクツ 2000)
「ワールドカップの話をしよう」(NECメディアプロダクツ 2002)
「世界のサッカー」(共著 三一書房 1990)
「ああいえば、こう蹴る」(共著 ベースボール・マガジン社 2000)


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世界最大のスポーツ祭典「ワールドカップ」を余すところなく語ったコラム集。自らの「ワールドカップ体験」から、世界中のサッカーを愛する人びとの姿、、ワールドカップを迎える日本人への呼びかけ、トルシエと日本代表の歩み、そして歴代ワールドカップ大会のエピソード・事件簿など、幅広い内容でワールドカップの全体像を描き出しています。

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