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フットボールの真実
 

    
 
      

第118回
Jリーグ規約第42条の「精神」



■7月18日、Jリーグは「補足事項」を発表・施行

 4月12日のナビスコ杯1回戦第1戦で、ジェフ市原とアビスパ福岡の2クラブが出したチームがJリーグ規約第42条「最強のチームによる試合参加」に違反しており、何らかの制裁に当たるのではないかとされた事件は、6月13日、「とくに制裁は行わないが、本件に関しアビスパ福岡およびジェフユナイテッド市原に対し、始末書の提出を求める」という決定がJリーグ・チェアマンから下され、いちおうの決着を見ました。

 さらに7月18日、Jリーグは第42条の「補足基準」を設定、「当該試合直前のリーグ戦5試合のうち、1試合以上先発メンバーとして出場した選手を6人以上含まなければならない」という基準をこの日から施行することを発表しました。

 この件に関しては、事件が起こった当初からこのコラムでも論じ、また、読者の皆さんからの意見や反論にお答えする形で再度私の考えを明らかにしました。

 私の考えは、以下のようなものでした。

1.Jリーグ規約第42条は、リーグ戦の公平を期する意味で非常に大事な規定であると考える。
2.ジェフおよびアビスパがこの規定に違反していることは、今季にはいってからこの試合まで、そしてその後の試合のメンバーを見れば明らかなことである。
3.今回の事件に関しては、対象試合が勝ち抜き方式のリーグカップ戦であったこと、この月のリーグ日程が非常に過密で、チームを預かる側の立場にたてば選手を休ませたいという気持ちは当然と思えるなど、複雑な状況であったこと。
4.しかし、この規定の重要さからして、今後同様の違反が生きないようにするためにも、今回、断固たる制裁が必要であること。
5.規約第42条には、具体的な基準が示されていないが、それはこの規約の性格上仕方がなく、チェアマンからの諮問によって「裁定委員会」が下す判断が、この規約のひとつの基準となり、それが積み重ねられていくことによってこの規約に具体性が生まれること。



■川淵チェアマンのファンへの「返事」

 5月10日、Jリーグの川淵三郎チェアマンは、この件に関して投書を送った人びとに対し、「最強チームによる試合参加の義務について」という返事を送っています。A4の用紙にして7枚という長大なもので、Jリーグの公式サイトでも発表され、後に日本サッカー協会機関誌『JFAnews』第193号(2000年5月号)にも掲載されました。

 このなかで、川淵チェアマンは「最強チームとは、多くのファンに了解された公的なもの」とし、その基準を「リーグ戦、リーグカップ戦、天皇杯などのトップカテゴリーの試合の多くに先発出場している選手として、ごく簡単かつ客観的に見てとることができる」としています。

 そのうえで、ジェフとアビスパ両クラブの出したチームが「最強ではなかった」と述べています。

 そしてまた、ヨーロッパなどでカップ戦ではリーグ戦とは違うメンバーを出すことが容認されているとしても、現段階のJリーグでは、まず何よりもすべての試合で最強のメンバーを出して全力を注ぐというモラルが必要と説いています。

 さらに、チェアマンは99年11月のJリーグ最終節、降格の危険にさらされていた浦和レッズ、アビスパ福岡、そしてジェフ市原の3クラブと対戦したサンフレッチェ広島、横浜F・マリノス、そしてガンバ大阪の試合への姿勢に言及しています。この3チームが各試合で勝利のために全力の試合をしたからこそ、あのときには「不公平だ」などという意見が出なかったのです。

 この問題に関心のある方は、できれば川淵チェアマンの「返事」の全文を読んでいただきたいと思います。



■法律の専門家から見た「稚拙な規定」

 川淵チェアマンはこの件を5月16日に「裁定委員会」に預けました。弁護士の筧榮一氏を委員長とする裁定委員会ではいろいろな意見が出たようですが、最終的に6月9日にチェアマンに対して「答申書」を提出しました。
 その内容は、川淵チェアマンの「気持ち」には沿わないものでした。

 答申書では、両クラブの行動を「Jリーグ規約の基本精神というべきスポーツマンシップに悖る(もとる)疑いがきわめて強い」としながら、第42条の規定の文言が「極めて抽象的、不明確」で、判断基準が抽象的で客観性を欠くため、「制裁を科す根拠規定としては不備」として、「制裁を科すことは適切ではない」という結論が示されています。

 Jリーグが「始末書提出」という形でこの事件に決着をつけたのは、その4日後のことでした。

 「Jクラブは、その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前条の試合に臨まなくてはならない」(Jリーグ規約第42条)

 法律の専門家から見れば、稚拙このうえない規定を、Jリーグはなぜ規定したのでしょうか。Jリーグ理事であり、法務の専門家として、リーグ立ち上げ時から関ってきた小竹伸幸さんに話を聞きました。

 「リーグ立ち上げにあたって、将来的にいろいろなことが起こることを想定して規約をつくりました。そのなかで、第42条は、戦力の恣意的な調整というアンフェアな行為を禁止するために考えられました。稚拙な表現になったのは、この規定が、『法律』というより、『道徳』に近いものだったからです。具体的に何をどう規定しても整合性がとれない。基準をつきつめればつきつめるほど、全体がいびつなものとなり、『道徳』から離れていくように考えました。だから、もしどこかのクラブがこの規約を破ってたとしても、具体的に制裁を加えるのは難しいかもしれないと、私自身は感じていました」

 「裁定委員会の答申は、両クラブが『スポーツマンシップに悖る疑いがきわめて強い』としながらも、規約の不備を理由に制裁は適切ではないというものでした。その一方で、あの『返事』で読めるように、チェアマンは2クラブの行為に心から怒りを表明しています。私個人の感覚では、このふたつがそろったことが、今回の事件のポイントだったと思っています。すなわち、チェアマンの怒りは『道徳』そのものであり、裁定委員会の答申は『法律センス』です。そのバランスが取れたことで、この事件に関しては妥当な結果になったのではないでしょうか」



■「補足事項」によって「道徳」が失われる可能性が…

 しかし、この答申は、結果として7月18日の「補足基準」を産み落としました。
 Jリーグ事務局や法務担当の大きな苦労の産物だったと思います。しかし、できてはならない基準だったと、私は思うのです。今後は、この基準内であれば、どんなに恣意的な「戦力調整」も許されると考えるクラブや監督が必ず出ると予想されるからです。

 実際のところ、ジェフの関係者からは、「この基準なら、4月12日のジェフは規約違反ではなかった」という話が出ていると聞きました。

 補足基準の「但し書き」に、例外として取り扱うものとして、「前年または当年に日本代表チーム(A代表、U−21〜23代表、U−18〜20代表)に選出された選手」という項目がはいっています。ジェフのユース代表選手がそれに該当するというのです。しかし、Jリーグ側では、この但し書きはワールドユース決勝大会を予想していたと話しています。そして、早急にさらなる「補足」をしなければならないと言っています。

 稚拙な表現ながら「道徳」を明確にうたっていた規定が、この補足基準が加わることによって、道徳が吹き飛ばされる危険性が出てきたのです。



■クラブは「Jリーグの一員」として監督を指導せよ

 今回、強く感じたのが、「クラブ・マネジメントの欠落」ということでした。監督は結果を出すことを求められているプロフェッショナルであり、そのためにできる限りのことをしようとします。アビスパにおけるホルヘ・ピッコリ監督も、ジェフにおけるニコラエ・ザムフィール監督も、その一心だったと思います。

 しかしクラブ自体は、「Jリーグ」という連盟に属する恒久的なメンバーの一員であり、当然のことながら、連盟の精神を守る義務があります。

 今回、両監督に対して、両クラブがJリーグの一員としての立場で規約第42条の精神を守らなければならないと、なぜ説得できなかったのでしょうか。サッカーに対する哲学やメンタリティーの違う外国人監督を説得するのは至難の業かもしれません。しかしそうしなければ、「答申書」がいうように、「全国のJリーグファンの支持を失い、リーグ全体を危機にさらす」ことになりかねないのです。それを防ぐのが、「クラブ・マネージメント」の責務であるはずです。

 最後に、アビスパ福岡とジェフ市原のファンに、もういちどよく考えてもらいたいと思います。とくにアビスパは4月19日の第2戦目にも第1戦と同様のチームを出しました。それは、第1戦で勝利を収めたからだけではないと思います。ファン、サポーターが、ピッコリ監督の方針を支持したことが、大きな力を与えたのだと思います。もしファンやサポーターが、「とんでもない」と反発すれば、少なくとも19日のホームゲームには、違ったメンバーが出てきたことでしょう。

 この「規約第42条」を生かすも殺すも、最終的にはファンやサポーターにかかっていると、私は思うのです。



■ファンの期待を裏切る行為

 1970年11月、私はまだ大学1年生でした。9月のベンフィカ(ポルトガル)戦以来、久しぶりの日本代表の試合が東京の国立競技場で開催されることになりました。スウェーデンの名門ユールゴルデンを迎えての4連戦の初戦です。

 11月15日、冷たい雨が降りしきる日曜日でした。先発メンバー発表を聞いて驚きました。GK横山謙三、DF小城得達、山口芳忠、MF宮本輝紀、森孝慈、FW釜本邦茂、杉山隆一など、当時の中心選手はひとりも出場していないのです。若手だけの、完全な「リザーブチーム」でした。即席のチームでは試合にならず、一方的にやられて、1−6で敗れました。

 当時はマスメディアの注目が低く、「リザーブチームで行く」という情報が伝わらなかったのかもしれません。もしかすると、いずれかの新聞には載っていたのに、私が見落としたのかもしれません。

 しかし学生にとっては安くない入場料を(しかも前売りで)払って、冷たい雨に打たれながら見る試合ではありませんでした。

 私は非常に期待を裏切られた気持ちになりました。「全日本(当時はみんなそう呼んでいました)は監督の私物じゃないぞ!」スタンドからそう叫んだのを覚えています。ちなみに、その当時の日本代表監督は、岡野俊一郎・現日本サッカー協会会長です。

 「補足基準」の誕生によって、これからいろいろな状況が出てくると思います。そのときに、ファン、サポーターの皆さんが、Jリーグ規約第42条の「精神」を思い起こして、ゆっくりと考えてくれれば幸いです。



        



大住良之(おおすみ・よしゆき)
1951年、神奈川県横須賀市生まれ。
中学生の時、66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見たのがサッカーにのめり込むきっかけになる。74年一橋大学卒業後、ベースボールマガジン社入社、「サッカーマガジン」編集部勤務。78年より編集長を務める。
82年同社退職後、(株)アンサーでトヨタカップなどの来日チームの取材を手がけ、88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。
74年西ドイツ大会以降6回のワールドカップをはじめ、各種の国際大会、世界各国の国内サッカーを取材。新聞・雑誌を中心に、サッカーとその背後にある文化・社会を描くことに定評がある。
「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。
女子サッカーのクラブチーム「F.C.PAF」監督。
アジアサッカー連盟選出「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。
主な著書
「新・サッカーへの招待」(岩波書店)
「Jリーグ群像 夢の礎」(あすとろ出版)
「サッカーの話をしよう1〜4」(NECクリエイティブ)
「ようこそ、サッカーの惑星へ」(NECクリエイティブ)
「浦和レッズの幸福」(アスペクト)
「FIFA98ワールドカップ観戦ガイド」(小学館)
「世界のサッカー」(共著、三一書房)